大判例

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大阪高等裁判所 昭和30年(ナ)5号 判決

原告 田村隆

補助参加人 森弘志

被告 京都府選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用中補助参加によつて生じたものは補助参加人の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

原告は「昭和三〇年四月施行の京都府天田郡上夜久野村長選挙における当選の効力に関する異議申立に対し同年五月一〇日付上夜久野村選挙管理委員会が行つた決定に対する訴願について、被告が同年七月五日付をもつてした裁決を取り消す。右村長選挙における当選人日和重次郎の当選は無効とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は昭和三〇年四月三〇日施行の京都府天田郡上夜久野村長選挙について日和重次郎の当選の効力に関する異議申立をしたところ同年五月一〇日付をもつて京都府天田郡上夜久野村選挙管理委員会は原告の異議を認めない旨の決定をした。よつて原告はさらに同年五月一一日被告に対し日和重次郎の当選無効を主張する訴願を提起したが、被告は同年七月五日付をもつて「昭和三〇年四月三〇日施行の天田郡上夜久野村長選挙における当選の効力に関する訴願人の異議申立に対し、同年五月一〇日天田郡上夜久野村選挙管理委員会が行つた決定は、これを取り消す。昭和三〇年四月三〇日施行の天田郡上夜久野村長選挙は無効とする。」との裁決をなした。

(二)  右村長選挙における立候補者は原告と日和重次郎の二名であつて、日和候補は選挙運動期間中において「上夜久野村長候補日和重次郎又は」という内容のポスターを掲示していたものであり村委員会は昭和三〇年四月二八日付で棄権防止、投票用紙の識別に併せ「届出当時は屋号略称も良い様に思つて居ました処、其後色々と調べて見ました所今の選挙法では「の如き符号の如き表示方では無効となるので屋号略称を書いてもカネモ、ヤマジユウの如く文字にて表わすか、大抵なれば屋号略称は止めて氏名を書く様に選挙民各位に徹底させ無効投票のない様」と記載した伝達文書を村内二三名の区長宛に配付した。

(三)  原告は右(二)の事実その他の事由をもつて日和重次郎の当選無効の主張をしたところ被告は右(二)の事実を認めこれについて「右伝達文書を受理した区長がその担当する区域内の選挙人に周知せしめるため、それぞれ時宜の措置を講じたがその伝達状況も多種多様で口頭伝達、文書回覧、特定人に要旨のみ伝達、不伝達等で不統一であるが、これを村委員会の報告に照し状況別に分類すると、

伝達手段

区長数

同上区長の担当する区域内の投票者推定数

口頭をもつて各戸に伝達したもの

三七六名

伝達文書を回覧したもの

一四三名

村議会議員候補者選挙事務所で十名内外の選挙人に口頭伝達したもの

四一八名

村議会議員候補者個人演説会で文書朗読をしたもの

一一〇名

区長のみ文書を閲覧し他に公表しなかつたもの

七六一名

区長自身文書を知らなかつたもの

二〇〇名

村委員会が当初より文書を配布しなかつたもの

一五名

となり、なお村長選挙は選挙当日の有権者数二、〇五四名投票者数二、〇二三名、内日和候補の得票は一、三四四票、原告の得票数六四六票で両候補の得票差は六九八票であつた。」と認定し、「村委員会が、無効投票の防止という善良単純なる動機より出発したとしても、特定候補の氏名が直接察知でき得る表現をもつて伝達文書に記載し、かつ、たとい伝達が全般に及ばずとしても前表より推察して少くとも全選挙人の約四分の一に当る五〇〇名前後の選挙人に伝達文書の要旨が伝達され、特に二名のみの立候補者であつた当村長選挙においてその受ける印象は強烈なものがあることは経験上明らかである以上、本選挙は選挙法の理念とする自由公正が著しく阻害され選挙の結果にも異動を生ぜしめる可能性が存在するものと認めざるを得ない。」との判断のもとに、公職選挙法第二〇五条第一項、第二〇九条を適用して右村長選挙を無効とするとの裁決を行つた。

(四)  しかしながら右被告の裁決は誤つている。被告は内輪に見積られた上夜久野村選挙管理委員会の報告のみによつて、問題の伝達文書の伝達状況を判定しているが、原告の調査したところを参考に表わすと、

伝達手段

区長数

同上区長の担当する区域内の投票者推定数

口頭をもつて各戸に伝達したもの

一九

一、七九四名

伝達文書を回覧したもの

一四三名

区長のみ文書を閲覧し他に公表しなかつたもの

七一名

村委員会が当初より文書を配布しなかつたもの

一五名

となり、被告の推定打撃得票数と大なる相違がある。それはともかくとして、右村長選挙は選挙の自由と公平の原則を無視して村委員会の不適切な措置のもとに行われた選挙ではあるが、原告はあくまで、選挙は形式上有効に執行されたことを前提として選挙会が当選人と決定した、その決定の効力を争い、当選人と決定された日和重次郎の当選の無効であることを主張して訴願をしたのである。その当選無効の理由として前記不法な伝達文書の配付伝達の事実を指摘した。この不法な措置によつて、日和重次郎の得票を増す潜在的無効的投票が存在するが、原告の得票は無疵で原告に対する投票は極めて自由公正に行われたものであるから、一律に選挙無効をもつて断じ、原告の得票まで無にすることは不当である。村選挙管理委員会がある特定の候補と通じて自己の選挙管理執行権を不法に行使し、自由と公正の理念を無視し、選挙民に対して特定候補を支持するが如き文書を配付伝達するような行為を行つた場合に、公職選挙法第二〇五条の選挙の規定違反で処理されるとすれば、それは相手候補の犠牲において選挙無効の結果が出るにすぎず、公職選挙法の立法精神と法理に合致しないことこれより甚しきはない。すなわち本件の場合は法第二〇五条第一項の選挙の規定違反に似て非なるものである。被告の裁決は一応すつきりした論理的な感がするけれども、政治的裁決であり、絵に描いた餅のようなものである。よつて本訴に及んだ。

かように述べた。(証拠省略)

原告補助参加人は、天田郡上夜久野村で選挙権を有し、昭和三〇年四月三〇日施行の上夜久野村長選挙においては開票立会人として開票に立会した。原告提出の甲第八号証は補助参加人が作成したものであると述べた。

被告代表者は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告主張の(一)ないし(三)の事実は認めるが、(四)の事実および法律上の見解は争う。原告は本選挙は形式上有効に執行されたものであり、伝達文書の配付を動機とする一連の諸手段等に基因して潜在的無効的投票が日和候補の得票中に存在しているため同候補の当選は無効であると主張するが、原告が主張し被告が判定した事実は選挙無効の原因であつて当選無効の原因とはなり得ないものである。公職選挙法第二〇五条第一項の「選挙の規定違反」とは、最高裁判所昭和二七年(オ)第六〇一号昭和二七年一二月四日判決の判示するとおり、「主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反するとき、または直接かような明文の規定はないが、選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときを指すものであるが、本件村長選挙における伝達文書の配付措置は明らかに右判示に適合するものであり、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合」の要件が存在することについては、本件の場合最低に見積つても村長選挙における有権者数の四分の一に当る約五〇〇人(原告の主張によれば一九〇〇名以上)には、日和候補の氏名を直ちに連想することのできる伝達文書の内容が周知されているものである以上、この点に関する最高裁判所の判例(昭和二七年(オ)第一三号昭和二三年六月二六日、昭和二七年(オ)第一三六号昭和二七年一二月五日各判決)に照し明白である。よつて被告は法第二〇五条第一項の規定に該当するものとして、訴願要旨にかゝわらず、法第二〇九条を適用し、選挙無効の裁決を行つたもので、右裁決には違法不当の点はない。原告の本訴請求は理由がない。

かように述べた。(立証省略)

理由

原告主張の(一)ないし(三)の事実は、被告の認めるところである。従つて昭和三〇年四月三〇日施行の京都府天田郡上夜久野村長選挙には原告と訴外日和重次郎の両名が立候補したこと、日和候補は選挙運動期間中において「上夜久野村長候補日和重次郎又は」という内容のポスターを掲示していたこと、上夜久野村選挙管理委員会は同年同月二八日付で棄権防止、投票用紙の識別の記載に併せ、「、のごとき符号による表示では有効投票にならない。屋号略称を書いてもカネモ、ヤマジユウのように文字で表わすか、大低なれば屋号略称は止めて氏名を書くように選挙民各位に徹底させ無効投票のないよう」と記載した伝達文書を村内二三名の区長宛に配付したこと、少なくとも内七名の区長は、これを口頭で各戸に伝達し、もしくは伝達文書を回覧に付したこと、右七名の区長の担当する区域内の投票者推定数は少なくとも合計五〇〇余名であること(原告は本訴において同上区長数は二一名で、同上投票者推定数は一、九〇〇名以上であると主張する)、右村長選挙当日の有権者数は二、〇五四名投票者数二、〇二三名、内日和候補の得票数は一、三四四票、原告の得票数六四六票、その得票差は六九八票であつたこと、原告は右事由等を具して日和候補の当選無効の異議申立をしたが、容れられず、被告に訴願したところ、被告は右事由のあることを認めた上、公職選挙法第二〇九条、第二〇五条によつて、本件選挙を無効とする旨の裁決を行つた。以上のことは当事者間に争いがない。

そこで本件主要の争点は、選挙有権者に対して、区長を通じて村選挙管理委員会のした前記のごとき内容を有する伝達文書配付伝達の措置は選挙無効原因に当るかどうかの法律上の問題である。よつて考えてみるに、村長選挙の管理執行の任にある村選挙管理委員会が、その名において、投票の前々日に、村内の各区長に対し符号家号による投票は無効であるとし、その具体例の一としてある特定候補者が選挙ポスターに記載したその家号を表示する符号を挙げ、有効投票に数えられるには、少なくともこれを文字で表わすべきであるとして、右特定候補者の家号を片仮名で表示し、それよりむしろ氏名を書くように一般選挙民に周知徹底方を依頼する内容の文書を、配付する行為は、たとえそれが無効投票の防止という善良単純な動機から出発し、他意はなかつたにせよ、選挙法の基本理念である選挙の自由公正の原則を著しく阻害し、選挙人の意思が誤りなく選挙の結果に反映することを妨げるいわば不当な選挙干渉であり、右選挙には選挙無効の原因があるものといわなければならない。原告は右事由を目して当選無効の事由と解し、右違法な措置によつて、日和候補の得票を増す潜在的無効的投票が存するが、原告の得票は公正無疵であり、この原告の得票まで無にすることは不当であると強調する。しかしながら公職選挙法第二〇七条にいわゆる当選の効力に関する訴訟を理由あらしめる当選無効原因とは、当選人の決定に違法の事由があること、すなわち当選人を決定した選挙会の構成に違法があること、決定手続に違法があること、決定内容―たとえば投票の有効無効の判定、各候補者の有効得票数の算定、当選人となり得る資格の有無の認定―に違法があることであり、前記事由はそのいずれにも該当しないし、原告の得票が公正無疵であることは以上のように解する妨げとなるものではない。当裁判所は原告の見解には従い得ない。

原告は被告の裁決は政治裁決であると主張するが、本件選挙に無効原因が存することは上述のとおりであり、その無効原因が存しなかつたとすれば、選挙の結果につきあるいは異つた結果を生じたかも知れないことは、当事者間に争いがない前記伝達文書の伝達を受けた選挙人の員数、原告と訴外日和重次郎の各得票数、得票差、有権者総数に照し明白であるから、「選挙の結果に異動を及ぼすおそれ」があるものといわなければならない。そして、公職選挙法第二〇九条によれば、選挙管理委員会は、当選無効の訴願の提起があつた場合においても、訴願人の主張すると否とを問わず、第二〇五条第一項に該当する事由があるものと認めるときは、必ず選挙無効の裁決をしなければならないのであるから、本件裁決を政治的裁決と非難するのはいわれがない。

よつて原告の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 神戸敬太郎 平峯隆)

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